半熟ドクターのジャズブログ

流浪のセッショントロンボニストが日々感じたこと

アドリブの楽しみ方 その1

ジャズ演奏で、アドリブソロの部分ってなんなんでしょう?

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2020年、白滝山

きっかけ

きっかけはアマチュアジャズマンの友人のSNS上の叫びでした。
聴き手のなかにはアドリブ演奏が始めると「あー早く終わんないかな」と思っている人がいるということを知り、彼はいたくショックを受けていたのです。

確かにアドリブソロの部分って、鑑賞の仕方に、コツが要りますかね。
小さい子供に焼き魚とか出しても、骨のとりかたとか知らなかったら「食べられない!これおいしくない!」ってなります。
それと同じことかなあ。
受け止めかたを知らないとすっと楽しめない人はいるのかもしれない。

昔はさあ、舶来かつ最先端の音楽であるジャズはオサレで高級、みたいな共通認識があったから、なんとなく聴いてるうちに、苦痛に満ちた揺籃期を乗り越える、というパターンの人は多かったのかもしれない。
ただ、今やジャズはオサレでもなんでもなく、モテもしない。
聴き手に歩み寄らないと聴いてももらえないような気もする。

ジャズの聴き方や楽しみ方とかの実際は、例えば大学のジャズ研、ビッグバンドに入った時になんとなく教えてもらった気はする。
だけど、2020年春現在、コロナウイルスで、そういう機会もない。
なので、Blog上で、アドリブってなんなのよ?みたいなことを紹介してみようと思います。

アドリブソロとは一体なんなのか

楽曲には「主旋律」=メロディーといいますが、その曲を規定する音の並びがあります。
この曲ってどんな曲?っていって、口ずさむ部分。*1

ただ、アカペラで我々が口ずさむメロディーだけでは、いわゆる商業音楽にはなりません。
ボーカル以外のバックトラックがあり、そしてメロディーの世界を補強する間奏があって、曲が成立しています。
*2
もちろん、インストといわれる歌詞・歌のない曲もあります。ジャズもご多聞にもれず、インストものと歌ものの両方があります。

メロディーと楽曲の関係:


上を向いて歩こう - 'Sukiyaki' - Kyu Sakamoto (坂本 九) 1961.avi

古い時代のポップスをまず取り上げてみます。坂本九の「上を向いて歩こう」です。
0:00-0:08はイントロ、いわゆる導入部ですね。*3
メロディーは Aメロ(上を向いて歩こう…)X2、Bメロ(幸せは… 1:00)*4

間奏(1:40〜)ここはAメロと同じメロディーを口笛でやっていますね。
Aメロの半分口笛でやって唐突に後半は歌に戻っています。そしてもう一度Bメロをくりかえす。
Aメロに戻って、エンディングです。
エンディング(2:45〜)は最後の歌詞(ひとりぼっちの夜)をもう一度繰り返したあと間奏と同じように口笛によるメロディーで、そのままフェイドアウトしています。

上を向いて歩こう」なんて、さらっとした短い曲です。あっさり聴けて印象も残りませんが、演奏する側からみると、どんな曲でもこうした構成に思いをめぐらせる必要があります。

メロディーを効果的に心に届けるためには余韻が必要です。
どんな楽曲でも、間奏の部分はある。
曲の本体とでも言える部分=メロディーと間奏の部分がある。

料理だとすると、メインのお肉をメロディーだとしたら、やっぱりつけあわせの部分が必要なわけです。
お弁当のハンバーグの下に乗っている味がないスパゲッティにも、やはり全体の中では意味がある。


* * *

初期のジャズ

では、ジャズのアドリブソロの起源をみてみましょうか。
初期のジャズは、上述したポップスとあんまり変わりません。

ルイアームストロングは、ジャズの歴史における「聖」とでも言えるような方です。
この人の人生と共にジャズは大きく進歩しました。
まずは、この方の代表曲の一つでもある、" Kiss of Fire"から。

例1:Kiss Of Fire
youtu.be

曲の進行を大まかに書いてみましょう。
イントロ(0:00-) 2小節
メロディー
Aメロ (0:04-) 8小節x2回繰り返し
Bメロ (0:44-) 10小節
A'メロ (1:10) 8小節+2小節 ここまで歌です。
 この部分(0:04-1:30)のボーカルが曲の本体、いわゆる「メロディー」と考えてもらっていいでしょう。
トランペットのソロ (1:30-)
 この部分は、歌のAメロと同じサウンドであることがわかりますか?
 トランペットの音はメロディと少し違いますが、似ています。
終わりのメロディー(2:10~)
エンディング (2:55-)

お聴きの通り、かなり古い音源です。
全体のサウンドは「なんちゃってタンゴ」みたいな雰囲気があって、微笑ましいですね。*5
先ほどの「上を向いて歩こう」だと間奏の口笛は、ほぼほぼ歌のメロディーと同じでした。
しかしこのKiss Of Fireでは、バックのサウンドは歌のAメロ部と同じ(コード進行が同じ)で、歌のメロディーとは少し違うものを吹いているのがおわかりでしょうか(0:04からと 1:30を比較してください)
メロディーを少しだけいじっているので、「メロディーフェイク」という言い方もしますが、これがアドリブソロの原初段階といえるものです。*6

アドリブは、メロディーを崩すことから始まる。
この音源では、そのことだけを知ってください。

例2:The Saints go Marchin' In
youtu.be
邦題『聖者の行進』という、有名な曲です。黒人霊歌で、特別な意味合いもある曲です。
0:10~0:30 がメロディですね。シンプルな16小節です。
このメロディーのひとかたまりを1コーラスと呼びます。
 以下、ずっとこの16小節を繰り返してゆくことに注意してください。

1コーラス (0:10-):Tpによるメロディー
2コーラス (0:30-):Tpによるアドリブ(メロディーフェイク)
3,4コーラス (0:50-):歌によるメロディー
5コーラス (1:30-):クラリネットによるアドリブソロ
6コーラス (1:48-):歌によるメロディーフェイク
7コーラス (2:07-):トロンボーンのソロ
8~10コーラス (2:28-):トロンボーンのソロと、トランペットのソロの掛け合いで、盛り上がり3コーラス分くりかえしています。
そして一度ブレイク(3:30-)した後テンポをあげて、さらに盛り上がります。
11~13コーラス (3:37-):トロンボーンとトランペットのソロを3コーラス繰り返して終わり。

聖者の行進は基本的にはもともと葬列のパレードで使われる曲です。
曲が終わるわけにはいかず、起承転結はともかく、同じメロディーとリズムが延々と繰り返されるお祭りソングでした。*7
このルイ・アームストロングのバージョンは、そういったパレードにおける喧騒や変奏をうまく拾い上げて、限られた時間で、後半に盛り上がりを作って、曲の起承転結を作っています。

で、こういう曲の構造が、後の世のジャズの楽曲構成のひながたになっていきます。
メロディーを(正確に言えば、メロディ一のコード進行を)なんども繰り返し、だんだん盛り上げていく。
そのような構成が、後の演奏のひながたになりました。

その2に続く。

*1:そして著作権はこのメロディーと歌詞に基本的に付与されていて、コード進行とかバックサウンド単体だと微妙な扱いだそうですよ

*2:まあ、その最小構成は例えばギターの弾き語りでしょうか

*3:イントロという言葉はさすがに一般語になっていますから省略します。ちなみにエンディングを、イントロに対応してアウトロという言葉が俗語としてありますが、多分和製英語です。ですかね?

*4:ちなみにこのAメロ、Bメロというのは、メロディーをいくつかのブロックに分ける時に使います。吹奏楽とかの楽譜のリハーサルマークとはまた違うので、これまたややこしいところですけど

*5:ちなみにエンディングのあとの一言は、なんか空耳アワーにでもありそうな気がします…なんて言っているんだろう。

*6:ルイ・アームストロングのメロディーフェイクは、今聴くと当たり前に思えるかもしれませんが、この人のメロディーフェイク能力が並外れていたためにアメリカ中が、いや世界中がこの人の節回しに慣れてしまったからなんです。いわばポストコロナで、全世界がこの人の歌い方に感染し、抗体ができてしまった後の時代を僕たちは生きています。

*7:元々は、アメリカ合衆国の黒人の葬儀の際に演奏された曲。ニューオーリンズでは、埋葬に行くときには静かな調子で悲しげに。埋葬が終わると、一転賑やかな曲でパレードをします。これは天に召された魂が解放されることを願ってのことだそうです。だから基本的には盛り上がってもおかしくないわけです。