半熟ドクターのジャズブログ

流浪のセッショントロンボニストが日々感じたこと

セッションするプロ、しないプロ

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トップクラスのミュージシャンの中には、アマチュアと絡むプロと決して絡まないプロがいる。

からむプロがうまいというわけではない

絡むプロ、絡まないプロには実力差は関係ありません。

素人と絡んでくれるプロでもめっちゃうまい人はいるし、うまくないプロもいる。
素人と絡まないプロでもめっちゃうまい人はいるし、うまくない人もいる。

素人と絡んでくれるかどうかは、そのミュージシャンの方針なだけです。

素人と絡んでくれるプロの方。
マチュアの僕らからすると、なんてありがたい存在なんだと思います。
その意味で心情としては贔屓したくなる、というのも本音です。*1

ただ、プロミュージシャンの実力は、うまい人同士の演奏で発揮された、その人の最高のパフォーマンスによって評価するものです。

高度な音楽能力を持ったプレイヤー同士の息のあった演奏は、珠玉のもの。
人類にとっての宝のようなものでさえあると思います。
我々はそういう演奏こそを尊重した方がいいでしょう。

基本的にうまいプロ同士の演奏は、
機械で例えると、それぞれのパーツの精度が桁違いにいいわけです。

F1のマシンは、ミクロンどころではなくナノメートル単位での精度管理がなされている。
そのようなパーツを組み合わせることによって、最大限のパフォーマンスを引き出すことができる。
一流のジャズミュージシャン同士の演奏も、そういう精密機械を思わせる人知を超えた雰囲気があります。
演奏中の非言語的な伝達量もかなり多い。
出音そのもの、もしくはハンドサインや表情などのちょっとしたアイコンタクトによって、彼らは絶えず情報交換行なっており、まるで超能力者のようにさえ見えます。

ミュージシャンのすごさは、こういう場のパフォーマンスで評価するべきです。
こういう演奏こそがジャズ!であり、例えばセッションジャンキーの人たちはしばしばこういう演奏を聞きに行く機会をつぶしてセッションばっかり行きがちであるが、全く観ないのもいかがなものではないかと思う。

ジャムセッション

プロミュージシャンがアマチュアジャムセッションに付き合ってくれるパターンがしばしばあります。
演奏のパフォーマンスで完結できるならみんなそうするでしょうが、ジャズ村はお金が乏しい村。
マネタイズとプロモーションの手段として、ジャムセッションでのコミュニケーションがある。

ジャムセッションではそもそも色々なレベルの人が混在することが当たり前です。
これは、どのジャンルでもある程度そうなのですが、アンサンブルとしての最終的な精度は構成員の精度の最低値に合わせられてしまうものです。「精度の低い」ミュージシャンが混ざると、全体の性能は低い性能に引っ張られるのも事実。

素人と絡まないプロ

素人と絡まないプロは、この「精度低い状態で演奏を余儀無くされる」ことがいやなんだと思います。
そりゃ、上述したような上手い人同士の演奏は、やはり極上の演奏体験です。
そればかりできるなら、それに越したことはない。
なんでいまさら下手なやつと絡んで実にならない演奏をせにゃならん。
なんのために苦労してプロになったんだ。
と思うのも無理からぬこと。
若手の超一流、一線でやっている人たちは、そんな人が多いですね。

(追記)
レベル=精度が低いからいやだというのではなく、上述の精度の高い演奏に関して言うと、事前打ち合わせやたとえばお互いのやり口を知っているがゆえの熟練(パーツ同士が馴染んでいる、とでもいうのでしょうか)という要素もあるからではないかという指摘をうけました。
確かにその通り。精度の高い人同士でも全く初見、初対面ではライブパフォーマンスのような噛み合い方にはならない。

上手い人同士の演奏は、例えていえば、フォーミュラカーのレースのようなタイトでシビアなものです。路面がしっかりしている分、パフォーマンスも高いレベルが要求される。

セッションにおける予測不能性は、演奏の精度という一点からみると、やはりノイズであり、そこを嫌うということなんでしょう。
ミュージシャンとしてパフォーマンスの純度と精度を高めたい場合は、セッションはノイズになるかもしれない。

* * *

ただ、超一流どころのプレイヤーでも一定以上キャリアを重ねたプレイヤーで、気さくに素人と絡んでくれる方もいます。
そういう人は、アマチュアの、彼らにとって水準を満たさない演奏の中でも、自分の良さを出して、なおかつ下手なアマチュアを萎縮もさせないように配慮し、迷える子羊を導いてくれたり、上手い人同士の演奏とは異なるスキルを身につけていたりする。

素人と絡む演奏は、ダートでのラリーのようなもの。不確定要素の多い局面で、アンサンブルをコントロールをする技術が求められます。
それぞれ別のスキルが必要ですが、超一流の人たちはやっぱり、サーキットでもダートでも速い。

純度の高い演奏でなくても、自分というものを出せるためには、ある種多彩な状況の中の回避能力がもとめられる。

素人と絡まないプロは、ダートではレースをしないだけ。
そういう人にはサーキット場でつきつめた純度の高さの凄みがある。

そういう意味では、上手い人同士の演奏に求められるのは、演奏能力のMaximum(車で言えばエンジンのパワー)であり、上手い人とうまくない人の混在した演奏で求められるのは、演奏能力のRobustness=頑丈さ(車で言えばサスペンションのしなやかさ)なのではないかと思う。

まとめ

  • 素人と絡む・絡まないと上手い下手は別。
  • ミュージシャンの真価は、上手い人同士の演奏で発揮されるのは確か。みんなご贔屓のミュージシャンがセッションホストをしている時だけじゃなくて、ライブをきちんと聴きに行こう!
  • そういう上手い人同士のサーキットでの速さだけじゃなくて、荒れ場のセッションで絡んでも、プロはやはり上手い。が、うまさに違うベクトルが要求される(performance powerとrobustness)

*1:そしてそういう贔屓の公用をよく知ってらっしゃる方が、素人と絡んでくれるという循環もあるわけです。