半熟ドクターのジャズブログ

流浪のセッショントロンボニストが日々感じたこと

セッションのゼロサムと非ゼロサムについて

2021, 倉敷

以前にこういうことを書きました。
jazz-zammai.hatenablog.jp

 でも、テニスのラリーとは、少し似ている部分もあるかもしれない。
 ラリーを続けることと、得点をすることが、相反するように。

 ジャズは、勿論協働してひとつの曲を作り上げる「非ゼロサムゲーム」的な要素もあるわけですが、もちろん、ソリスト同士が、お互いのソロを競う「ゼロサムゲーム」的な要素もあるわけです。

 出来上がった音楽をいいものにするには、相手の得意なところをのばすようなアプローチがいい。でも、相手よりも自分のソロを印象深いソロにするために、相手の得意な部分をつぶすようなアプローチも時にはありうるとは思います。

さらりと書いた「ゼロサム」と「非ゼロサム」の話を掘り下げていこうと思います。
セッションはある種のゲームだと思っているのですが、ゼロサムゲームと非ゼロサムゲームの二つのルールが混在していると僕は思っています。

  • ゼロサムゲーム:参加者全員の得点の合計が常にゼロである得点方式のゲーム。一方が得点すると他方が失点するため、勝ち負けがはっきりしています。例えば麻雀がそうです。
  • ゼロサムゲーム:ある1人の利益が、必ずしも他の誰かの損失にならない得点方式。その状況の参加者の間で、資源を分配しあうというよりは、資源を蓄積していく状況に当てはまり、そこでは、ある人が利益を得たことと独立して、他の人も利益を得ることができる。

あ、今回は主にフロント楽器の人に向けて書いていますよ。

音楽を作り上げることは非ゼロサムゲーム

当然ですが、多人数が集まって一つの音楽を作り上げる際にはゼロサムゲーム=奪い合いという考えにはなりません。
それぞれの音が調和し、プレイヤー同士の意志のやりとりが円滑であれば、いい演奏になります。
調和のとれたよい演奏ができると、客観的にも主観的にも深い満足が得られる=高得点ということになります。
アンサンブルは、お互い様。
うまい演奏は全員に得点が与えられ、演奏がうまくいかない場合、全員等しく低評価、ということになります。
音楽は奪いあいではなく、分かち合いです。

また、サウンドを構築するリズムセクション(ピアノ・ギター・ドラム・ベース)は基本的にそのサウンドに一人しか存在しません。
従って、自分のポジションを全うすることが求められるし、他の楽器が代替することもできない。*1
従って競合関係にはならない。
ゆえに「お前はうまく演奏しろ。俺もうまく演奏するから」という心情となりやすく、ありようとしては非ゼロサム的な Win-Winの関係になりやすいです。

 本来はこれが音楽としてのあり方だと思います。
 ただ、フロント楽器での参加の場合は、少し様相が異なるんだな。

フロントマンでのセッション参加はゼロサム的視点が多い

 フロントマンでセッションに参加する場合、複数のフロントマンがいるパターンはよくあります。
 そういう場合は、どうしてもフロント同士のありようは、ゼロサム的になる。

 フロントは、リズムパートに比べてサウンドにおける立ち位置が特殊です。

 フロントはソロやメロディで最も目立つ。
 自分のソロの演奏が、強く全体の曲の良し悪しを決定するポジションにあります。
 その反面、アンサンブルに貢献する部分がかなり少ない。
 他の人の演奏を支えようと思ってもなかなか難しい*2

 つまり、フロント楽器は、テーマメロとソロへの依存度が強く、サウンド自体への貢献が少ない。
 構造的に「スタンドプレー」の楽器なんです。
 
 はっきり言ってしまうと、
 フロント楽器って、いなくてもサウンドは成立するわけです。

 他のパートはサウンド全体に貢献し、そこからソロで加点方式。
 対して、フロントはテーマとソロのみ。そこで加点を狙うしかない。つまり基本給なしの歩合給のみ、です。

 基本的にフロント楽器はリズムセクションサウンドに「乗っかる」形になる。
 そういうフロント楽器が複数人いれば、どうしてもソロの優劣、ソロの巧拙を競うゼロサムゲームの構造になってしまうわけです。
 実際に、ジャズ黎明期からこういうソロ勝負みたいな「カッティング・エッジ・コンテスト」というものは存在していました。

ゼロサムゲームの弊害

 しかし、ゼロサムゲームは、やはり音楽的ではないわけです。
 いろんな曲がこなせるようになり、あちらこちらのセッションに出稽古に、てのは中級者あるあるです。
 が、フロント同士の「勝ち負け」視点しかない人は、すぐわかってしまいます。
 ゼロサム型思考の方は、こんな感じです。

  • ソロにしか興味がない
  • 周りのサウンドに興味がない
  • 曲全体の流れに興味がない

「やりたい盛りの中級者」のフロントマンは曲の全体が見えていなかったり、セットリスト全体が見えていなかったりします。

それもまあしょうがないことだと思うんですよ。
フロントマンのソロっていうのは、自分と向き合うことでしか練り上げられないものだから。
でも、その段階を超えてくると、サウンド全体をみられるようになってきます。

ゼロサムの利点

書いてきたことを振り返ると、「ゼロサム的な考え方マジクソ!」と思われるかもしれません。
でも、多分フロント楽器として大成するには、ゼロサム的な「脂っぽさ」は絶対に必要です。

今よりももっといい演奏、その貪欲さを失ったおじさんの演奏なんて、心に響かない。*3

自分の演奏をよりよいものにしようという自負心は、ソロの成長の必須栄養素です。
そして定命である我々人間には伸び代はずっとあります。

また、フロントは、他のパートと違って、” Winner Takes All "の側面が強い。
どうしても勝たなきゃいけない場面、譲っちゃいけない場面、というのも多分あります。

そんな時に、いわゆる「ゼロサム」的な戦いの経験が全くない場合、ヘタをうつことだって十分ある。
バキバキにプライドをへし折られて立ち直れず、数ヶ月セッションにも出られない……
みたいなことにならないためにも、それなりの場で競り合う経験、できればほどよく負けて悔しい経験などがあった方がいいんじゃないかなーと思います。

ゼロサムの場

フロントのよく集まるセッションだけ行っていても、非ゼロサム的な修練を積みにくい。
ゼロサム的な、サウンド全体に注意をはらう音楽の作り上げの経験としては、以下のものがあるかと思います。

  • ワンホーンもしくはツーフロントのバンドを作る。セッションではなくバンドで曲の構成まで作り込む経験は、セッションにおいても、同じように構成に注意を払うことができるようになるでしょう。
  • 歌ものバックのオブリガート。あまりフロントの集まらないボーカルセッションに参加することで、フロント同士の競合を避けることができます。ボーカルのオブリガートは、自分が最前線にでずに、サウンドを支援する側にまわることのできる数少ないチャンスです。
  • バラード。バラードではフロントの競合は基本的にしません(そこに加わるフロントは野暮です)

まとめ

*1:唯一のパターンはピアノ・ギターなど複数のコード楽器が混在する場合。

*2:他の人のソロの時に、リフや白玉を織り交ぜる、くらいでしょうか

*3:もちろん他人に対して「勝ち負け」を追求する必要などありませんが、自分の演奏の完成度を高めようという自負心に対して「勝ち負け」はあると思います