半熟ドクターのジャズブログ

流浪のセッショントロンボニストが日々感じたこと

第3回福山ジャズ検定

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えーと、福山というのは私の住んでいる街のことなんです。
8月にジャズの初心者向けワークショップというのをやったんですが、その時に中級者以上に退屈しのぎにクイズとか作ってみたわけです。

えーと、そんなに好評でもなかったんですが(笑)*1
このクイズ作りって、わりと一旦作り始めると結構やみつきになるんですよね…
というわけで今回は第三回。

どちらかというと、Jazz Musician向けの内容となっています。楽器奏者ですね。
ジャズの理論とか、曲への知識を問う問題が多いです。

ではどうぞー!

* * *

過去のクイズも一応載せておきます。

第1回ジャズ検定

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初回は100点満点で全19問。*2
これは 有効回答 58例(重複あり)時点で平均点は 57点です。
まだの人は、興味あればチャレンジください。

第2回ジャズ検定

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第一回の反省を踏まえ、いわゆるジャズのリスナー向けの内容になっています。
ボリュームは半分にして、50点満点。
ただ、色々問題に不備があったので、あまり大々的には宣伝せず、ひっそりと終えました。
現時点では平均点は 28点です。

*1:難しすぎるわ!マニアックすぎるわ!という批判続出。

*2:20問も作るとしんどいので以降50点満点にして問題数を減らしました

使っていい音について その3

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問い:使っていい音、使ってはいけない音、というのがよくわかりません。
 自分がアドリブを吹いたりする時に、「あっこの音、はまっていない!」と思う瞬間はあります。おそらくその音の使い方が不適切なんだと思うんですけれども、なぜその音がいけないかが解らないんです……
 でも、理論書をみて"Available note scale"とか書いてあるものの範囲内でも、はまっていないなと感じる時があるんです。
 よくわかりません。

「使っていい音」について その1 〜Available Noteの謎 - 半熟ドクターのジャズブログ
使っていい音について その2 - 半熟ドクターのジャズブログ

の続きです。

「間違い」と感じる理由

 では、理論的に、無限の自由度が許されるのであれば、なぜソロによっては「間違っている!」と感じられるようなものが生じるのでしょうか?
それは我々の耳の錯覚なんでしょうか?

オッカムの剃刀

オッカムの剃刀」という法則がありますね。

[オッカム-の-剃刀]Occam's razor; Ockham's razor
Occam's razor is a principle attributed to the 14th-century English logician and Franciscan friar William of Ockham. The principle states that the explanation of any phenomenon should make as few assumptions as possible, eliminating, or "shaving off," those that make no difference in the observable predictions of the explanatory hypothesis or theory. The principle is :
entities should not be multiplied beyond necessity.
(ある事柄を説明するのに、必要以上に複雑な仮説を立ててはならない)
(Wikipediaより)

人は、可能であれば、出来るだけシンプルな理論に基づいた解釈を望みます。

あるコード進行に対して、無限といってもいいアプローチがあるけども、選んだ音をシンプルに説明できるのであれば、シンプルに説明すべきであるし、脳はそうとらえます。

ドレミの枠内で説明がつくものは、ドレミの(要するにダイアトニックスケールの)範囲で説明するし、我々の脳内もそういう風に解釈します。
例えば、スタンダードナンバーのメロディーなどは、ダイアトニックな音階で作られていますよね。
我々の中心部にはやはり強固にダイアトニックな音階が刷り込まれている。
 基礎と応用でいえば、基礎部分にはがっちりドレミ(ダイアトニック)の世界でできています。

 あるコードとフレーズの関係性を、シンプルにも、複雑なリハモでも説明できる場合、我々の脳はシンプルに解釈します。
 ゆえに、ダイアトニックスケール(要するに、ドレミの音)だけを使ったフレーズはダイアトニックコードの上で処理される。

 で、こういう時にアドリブで「間違っている」と強烈に感じられやすいのは、トニックにおける四度の音です。
 イオニアンスケールでは四度=ファの音が、Avoid Note(=厳密にいうと「避ける」というよりは「慎重に扱うべき」音というべき)なんですが、それなりの音価を持ってこの音を置くと、明らかに違和感がでてきます。どちらかというと、聴き手ではなく、自分の中で。

 では、ダイアトニック以外の音列ならどうか?
 non-diatonicの音を交えたフレーズは、様々な理論的アプローチが考えられるがゆえに、一瞬、判断停止に陥ります。だから、むしろダイアトニックの音を使って、コードの解決感が示されない場合に、人は「間違い」であると判断を下しやすいようです。
 ですから、一見矛盾しているようですが、いわゆるAvailable note scaleといわれる、そのキーの音よりも、キーの音以外の音(non-diatonic note)の方が、案外間違って聞こえない。

共時性の排除

 あと、大事なことは、アドリブのある部分で存在が許されるのは一つの理論に従って選択されたスケールです。
 同時に、複数のスケールが混在することは許されません。
 要するに、G7のところでは オルタードスケールを使ったり、調性はCなのでCのドレミの音(G ミクソリディアン)を使ったりできますが、同時にごちゃまぜにしたらいかん、ということです。オルタードで行くならオルタードで、ドレミでいくならドレミ、どっちか選ばなきゃいけない。切り替えることはできますが、まぜちゃだめです。

 例えばコース料理を考えますと、前菜があって、オントレ、メイン、デザートがある。これらは一つずつ順番に出ることでそれらの存在感をお互いに増すことが出来るわけです。もし、メインの中にデザートが突っ込まれて一緒に出てきたらどうでしょう?味の足し算、とはいわないですよね。台無しです。
 音楽でも同じで、カラフルなサウンドを作ろうと思っても、すべてのエッセンスを一度につめこんでは期待した効果を得ることは出来ません。

 もちろん、一つのフレーズの中では必ず一つの理論に従ってフレーズを作るべし、なんていいません。
 しかし、例えばIIm7-V7-Iでフレーズを作るとして、前半は、IIm7のコードトーンを使った(スケールで言えばドリアン)フレーズ、V7の一二拍はミクソリディアンで、三四拍目はオルタードスケールのフレーズを吹いたとしましょう。この時、オルタードに変わったらそのあとはオルタードスケールの枠内でしか音を使うべきではない。このオルタードスケールにミクソリディアンの構成音を混ぜると、すべての音が使えることになりますが、それでは何がなんだかわからなくなってしまいます。

 でも、アドリブの上ではオルタードに変化するタイミングは何拍目でもいいわけです。
ミクソリディアンのフレーズを吹いているある時点をもって、「次に吹ける音」を考えると、1:そのままミクソリディアンでフレーズを作ってもいいし、2:オルタードの音を使ってもよい。即ち、すべての音を使うことができます。これは最初に挙げた「おはようございます、□…」の例と同じですね。

まとめ

 すべてのものを選ぶことができる。我々には選択の自由がある。
 しかし、同時に選べるのは一つ。
 そして、選んだ語法にそって出たフレージングに我々は責任をもたなきゃいけない。
 そういうことです。

 シュレーディンガーの猫のようですね。
 理論的には 例えば V7のコードで、様々な可能性がありうる。V7は非常に多彩なアプローチが許される。それは、頭の中にある時は、ある存在確率の雲のような形で存在しています。
 しかし、実際に音を選んで出す時には、一つの理論によって導かれた音列になる。

 我々が吹いたフレーズは、聴者の耳にて、再び解釈されるわけです。ここで、選んだ語法の範疇に収まらないフレーズは、エラーに聞こえてしまう、ということになります。特に、自分のフレーズを自分が聴く場合は、自己再解釈ではなく、背景の語法は自分の中で決めていますよね。
 その語法からずれていたら、「間違っている」と認識されると思います。

 だから、自分では「ミスした」と思っていても、他者にはそれほど間違っていないように聴こえることは、よくあります。

 

使っていい音について その2

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問い:使っていい音、使ってはいけない音、というのがよくわかりません。
 自分がアドリブを吹いたりする時に、「あっこの音、はまっていない!」と思う瞬間はあります。おそらくその音の使い方が不適切なんだと思うんですけれども、なぜその音がいけないかが解らないんです……
 でも、理論書をみて"Available note scale"とか書いてあるものの範囲内でも、はまっていないなと感じる時があるんです。
 よくわかりません。

前回の続きです。

jazz-zammai.hatenablog.jp

使っていい音、使ってはいけない音、というのはなんなんでしょうか?

話し言葉とのアナロジー

jazz-zammai.hatenablog.jp

 以前に「理論」の項でも試みたように、音楽を会話、話し言葉などのアナロジーで考えてみます。

 言葉はひとつひとつの文字の連なりから構成され、音楽はひとつひとつの音(音符)の連なりから構成されますね。
 (そういえば、そうやって出来た分節/音節は、共に「フレーズ」という言葉で表されます。)

 ここで注意してもらいたいのは、言葉の場合、文法によって規定されるのはひとつひとつの文字ではなく、あくまでそれが連なって完成したフレーズ、分節・文章に対してだということです。

 音楽も同じです。ひとつひとつの「単音」に文法(この場合音楽理論)を当てはめることは適当ではありません。
 
 例えば、「おはようございます、□…」という文があったとしますわな。
 □の部分に言葉を入れる。

 色々な言葉を入れることができますよね。
 「ああ、又遅刻しちゃったよ…」であったり「今日もよろしくお願いします」だったり。

 この、四角の枠の部分の最初の一字に、使ってよい言葉、いけない言葉というものはありません。
 もし、使っちゃったら、その言葉を含む文を作ってやればよい。

 たとえば、どうしても「さ」という言葉を入れて会話を成立させようとした場合、
「おはようございます、『さ』あ今日もがんばるぞ~」とか
「おはようございます。『さ』て、昨日の件だけどどうなってる?」とか、まぁ、どうにでもなりますよね。
 逆にある文字を使わないというのも、意識すれば可能です。
(むかし幽遊白書の中にそのような勝負があったように思う。蔵馬が戦ってたやつね。)

 こういう観点で考えれば
『どんな文字でも使うことができる』『使ってはいけない文字はない』、といえる。しかし、

「おはようございま□」であれば、これはかなり意味が変わってきます。

 この場合、ここに入れて意味が通る文字はかなり制限される。

例えば、先ほどと同じで「さ」を入れてみる。

「おはようございまさ」

  (……?)
  (「まさ?」)
  (「まさ? 何?」)
 などと、要らぬ憶測をよんでしまいますが、これは明らかに文法的に意味をなしませんし、その次に言葉を繋いで行くのもむずかしい。
 でもまあ、江戸弁の魚屋、みたいな言い方で「おはようございまさぁ!」とというなら、ありかもしれない。

 この例で解るように、同じ言葉を選ぶにしても、全く自由に選択することが許される部分と、文法的にストリクトに規定される部分(他の言葉の影響を受ける部分)があります。

 音符でもやはり同じようなことがいえるわけです。一つ一つの音符だけを見てゆくと、どこに何の音を置いても文章を成立することができるが、結局は他の音符との並びにて整合性が決まっていくわけです。

 なんとなく、いいたいことがわかりましたでしょうか?

「正しさ」は一つではない

 では、文脈における正しさ・正しくなさ、の基準は、具体的にはなんでしょうか?

 困ったことに、実はジャズ全般に通用する決まりは、ないと言えます。

「ジャズ」と一括りにしていますが、その理論的なアプローチは時代と共に相当変遷しております。
むしろ過去に作られた理論を覆す方向で新しい音楽理論は拡張される傾向がある。
表現として、時代が下るとともにどんどん多様な方向に向かっているのがジャズです。

ですから、例えば1950年代のビバップハードバップの文脈ではふさわしくない音使いでも、それは後代の理論的なアプローチ(モードとか)ではオッケーな可能性がある。
そもそもマイルスがモード・イディオムに移行した理由こそが、バップ・イディオムによるアドリブに限界を感じていたからに他ならないわけですし。

理論的な枠組みは、大体時代が下る毎に自由になる傾向があります。これは、後代の理論には、必ずその前の時代の理論が内包されているからです。

つづく。

「使っていい音」について その1 〜Available Noteの謎

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2019年京都

問い:使っていい音、使ってはいけない音、というのがよくわかりません。
 自分がアドリブを吹いたりする時に、「あっこの音、はまっていない!」と思う瞬間はあります。おそらくその音の使い方が不適切なんだと思うんですけれども、なぜその音がいけないかが解らないんです……
 でも、理論書をみて"Available note scale"とか書いてあるものの範囲内でも、はまっていないなと感じる時があるんです。
 よくわかりません。

 これ説明難しいんですよ。

 例えばブルースの場合を考えてみましょう。厳密さでいうとちょっと不正確な話になるので詳しい人は片目をつむっていてください。*1

 Fのブルースの場合 Fのキーの音は全部使えます。これで7個 *2
 では、ブルーノートスケールを使えば、Ab、B(Cb)、Ebが加わります。
 さらに使っていい音は3つ増える。するとこれでもう10個の音が使えることになってしまいます。
 一オクターブ12音のうち10音が、なんらかの理論にあてはめて使っていい。
 じゃあ、原理的にどの音も使ってもよいということなんでしょうか?

 ちなみに、上の音列で出てきていない音はF#とDbですが、これらも、半音のアプローチノートかなんかで処理すれば、使っていけないことはありません。

 では、結局使ってもよい音、いけない音というのは何なんでしょうか?
 観念的に理論を勉強しようとする場合、必ず通る道ではないかと思いますが……

* * *

 実は、一つ一つの単音について、使ってはいけない音というのは存在しません。
 ちゃんと探せば、その音を使う根拠となる理論をひっぱりだしてくることはできるもんです。

 ですから単音のレベルで考える限りは、納得のゆく回答はないです。
 ですが、もう少し大きな流れにおいての音の正しさ(正確にいうとふさわしさ、か)正しくなさは存在しています。

 続く。

*1:厳密にいうとブルースはトニックセブンスといって、本来Fmaj7のところがF7になっている、特殊なコード進行なので、ダイアトニックコードとか、調性を初心者向けに考えるには向いていないんです。けどまあそこはもうこれで通しちゃう。

*2:厳密にいうと7thなのでEではなくてEbですけどね。Bop-StyleのブルースはEの音ばんばんでてきますね

コピーの功罪

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問:アドリブのソロに関してです。
「コピーは絶対にしたらいかん!」と言われる先輩もなかにはおられます。
私自身はした方がいいと思うんですけど……。

そもそもアドリブというものが必要なのか、という問いは、以前の質問を見て下さい。
jazz-zammai.hatenablog.jp


この質問は、むしろそれとはさらに逆、つまりインプロヴィゼーション原理主義のような人から発せられた感じですね。
インプロ至上主義というか、ね。

えーと、もし、こう言っているその人があなたの憧れ的な人(恋愛的な文脈ではなく)であり、あなたにとって絶対的な価値観の評価軸になっているのなら、その人を信じてついていけばいいと思います。
以上、回答おわり。

* * *

それ以外の人には代わりに僕が答えましょう(笑)

僕は『アドリブのコピーはした方がいい派』です。

でも、なかには、「アドリブのコピーをすると折角自分のもっている良いところをなくしてしまうから」とかいう理由でアドリブのコピーを好まれない方もいるようです。(フリージャズの名残なのかな?)

というか、これはおそらく言い方の問題で「コピーしたアドリブを人前で吹くべきかどうか」という問題ではないかと思います。
もし、そういう問題であれば、僕も無条件で「はい」とは言えません。

まずは字義通りに受け取って考えましょう。

アドリブのコピーそのものが悪いかどうかです。

オリジナリティ?

自分のなかにあるものをつきつめて、そして作り出したものは、確かに自分オリジナルと言えます。
ただ、無意識下の影響というものもある。
「十分に外界と遮断された環境」という付帯状況は必要かもしれませんが、
確かに自分の中で産みだされたものは、オリジナルと言っていいかもしれない。

しかし、あくまでそれは自分自身にとってオリジナルというに過ぎず、それが必ずしも世間にとって新しいものとは限らないわけです。

ある男が山に籠もって数学の理論を長年研究した。
そして独自に二次方程式の解法を発見した。
意気揚々と山を下りて見ると中学生でも教科書で教わる内容だった、という寓話があります。

「自転車の再発明」という言葉も有名ですね。

 人の想像力などたかがしれています。
 純粋に自分の中からオリジナルに生まれてきたものだからといって、それが必ずしも社会的にもオリジナルになりうるとは限りません。
 すでに誰かが見つけていたり、もっと悪いことに複数の人間の手で洗練された形に発展されたりということはあるわけです。

 現代は、こうした情報の洪水と無縁ではいられない、厄介な時代だといえます。
 ジャズにおいても然りです。

 ありとあらゆる音楽的な可能性は、さまざまなミュージシャンによって試行錯誤されています。
 一見フロンティアに見える領域も、大抵は先人の通った道です。
 特にジャズには理論的イノベーションに対して強迫的な傾向があります。
 例えばボイシング一つとっても、順列組み合わせで表されるすべての可能性は試されているといっても過言ではない。

* * *

 で、実際のところジャズミュージシャンのインタビューなど見ていると、若いときにはだれそれのコピーをしたとかそんな話よくでています。
 実際にプロの殆どはそうやってプロになっている。
 だからアドリブのコピーが悪いはずはないんです。

 少なくとも、完全にSelf-madeで上手くなった人間というのは殆どいません。
 オリジナリティというものをきちんと打ち出すためには、それまでに世に出たスタイルというのを踏まえておかないと、そもそもそれに客観的にみてオリジナリティがあるかどうかもわからないわけです。

 ただ、それは、先達のやったことに盲従しなさい、とか、
 先達のスタイルを、取り入れましょう、ということではありません。

 先達は、ある程度試行錯誤して現在のスタイルにたどり着いた。
 その結果をパクるのではなく、可能であれば、そのプロセスをパクりたい。
 どういう風スタイルを洗練させていったのか、その思考過程と、スタイルの模倣と融合の過程、そういうどうやって新しいものを産み出したのかが見えると、それを自分にも適用することができると思いますから。

コピーを人前で吹くことについて:

 ちなみに、他人のコピーを、人前で吹くべきかという話なら、これは明らかに、ノーです。

一つには、別の人間の作ったソロは、完全にコピーすることは出来ないからです。
この辺に関しては、「コピーフレーズについて」で触れました。
jazz-zammai.hatenablog.jp

また、仮に完全にコピーすることが出来ても、譜面になったものを吹く行為と、アドリブでその場でフレーズを組み立てるという行為は、そもそも本質的に違うものです。極端な話、たとえそのソロが譜面としては同じものであったとしても、奏者の意識は全く違います。

コピーしたソロを吹くことは、前提として無時間的な地図=譜面を再現する行為です。
譜面には時間はありません(というか、時間を含んだ存在です)。
すなわち、コピーしたソロを吹いている時、我々は、クロノス的な要素を放棄した、無時間いや超時間的な存在、いわば人間を超えたなにかになっている*1ということを意味します。コピーしたソロがしばしば不自然なのはそのためです。

コピーをするのは、そのソロの奏者が、どう考えてソロを組み立てたかを理解するためです。

自分の頭の中でソロを組み立てようと思っても、最初はどうしていいものかわかりません。
コピーをする事で、ソリストがどのように考えてソロを吹いているのか、という一端に触れることができます。

要するにコピーをするにしても「指」をコピーするのではなく「脳」をコピーしないといけない。

免許取り立てのドライバーが、遠くを見ずにハンドルの手元近くしか見えていないのと同様、訓練していない我々は、いきなりアドリブをしようとしても今吹いている所しか把握できません。それこそソロのなかでの大きな流れや起承転結に留意するなんて無理な話です。

上手なソリストは、広い視野を持っていてこういったソロの大きな流れを踏まえた上でソロを作ることが出来る。
もちろん局所局所の、音の使い方、フレーズのしまい方も、意識が行き届いています。とても参考になる。

よいソロをコピーするということは、こういった上手なソリストの意識をなぞってやるということです。
決して音をなぞるのが目的ではありません。

そして、これまた逆説的ですが、もし十分な練習の果てに、上述したような奏者の心理的な状況まで理解出来る段階までコピーすることが出来れば、そのコピーしたソロを吹く際に生じる不自然さはなくなります。

読書百編意自ずから通ずという言葉に、少し似ていますね。

しかし、この段階まで到達している場合、多分自分でアドリブが作れるようになっているはずです。
これも一つの逆説です。

コピーしか吹けないような状態で、コピーしたソロを吹くという行為がよくない理由がわかりましたでしょうか?

(2007 初稿をリライトしたものです)

*1:もちろん、「もし今吹いているソロが、アドリブで吹いているのであれば」という前提条件での話です。コピーしたソロというのは、所詮コピーしたソロのようにしか吹けないのです。

Any Key… どこまで?

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立ち止まって考えよう。東京ビッグサイトのロッカーコーナーから雑踏をながめる

よく「Any Key、すべての調でフレーズとか練習した方がいいよ」とか言われます。
でも、本当に使います?
そんなに沢山の調、どうせ使わないじゃん?という意見もあります。
実際のところどうなんでしょう?

はい、結論からいいますと、

  • マチュアジャズマンであれば、曲として出てくる調は多くはない。
  • しかしすべての調を同様に扱えるのがやっぱり理想。なぜなら相対音感の完成に繋がるから。
  • Short Lickをすべての調で練習する作業は絶対に損しないし、結構即効性がある。

マチュアジャズマンの使うキーは限られる

とくに管楽器に関しては、Jazzというジャンルに限ると、曲のキー(調性)はかなり偏っています。

私もアマチュアジャズマン30年くらいやってますけど、曲のキーは G, C, F, Bb, Eb, Ab, Dbがせいぜい。
DやGbの曲とかもあるけど、これはまあアマチュアの多くは、逃げます。
歌伴でボーカルが持ってきた譜面で、こんなキーだったらうげげっとなりますが、リズムセクションは逃げられない。
あと、フロント楽器であっても、プロも逃げられないとは思います。

他のジャンルの曲だと EとかAとか、F#とか(当然それのマイナーも)でてきますよね。

* * *

 あくまでその観点でみれば、Any Keyで練習する意味はない、といっても良さそうです。
逃げてもいい。
色々なところでセッションみてても、やっぱ逃げてる。
そこは安心してください。
みんなスラスラ演奏できてるわけじゃない。

ただ、結論としては、Any Keyの練習は必要です。
ギターはともかく、サックス・トランペット・トロンボーンで、フレーズをすべての調でやる練習はかーーなり大変です。
でもやる価値はあるとは思います。
だからこそ。

すべての調を同様に扱えるのが理想。

以前、「音感のトラブルシューティング」という稿を書きました。
jazz-zammai.hatenablog.jp

ここで、カラオケで音程を変えたりして、ついていけない人。
歌ではそれはできるけど、楽器ではできない人。
実は僕もそうだったんですが、そういう人は、ちょっと相対音感が弱い、ということになります。

こういう人は、音感が弱い部分を補わなくちゃいけない。
 そういう訓練を伸ばす練習って、実はAny Keyの練習が一番近道なんですよね。

 ある特定の曲のテーマを、特定の調で吹く。
 可能であれば、半音ずつ上げ下げしてみてください。
 ちょうど、カラオケのキーコントローラーで変えるように。
 で、実はこれは結構難しいんです。
半音だと、例えば Fだったら EとかF#とかだし、CでもDbとかBとか、キツいところにいきなり行くんで。
だから、最初は4度進行で上げ下げしてもかまいません。
 Fのキーだったら、Bb→Eb→Abみたいにしてゆく。最初はこっちの方がいいよね。

 曲は、セントトーマスとか、マックザナイフとか枯葉とか、調性からメロディーがあまり外れない曲がオススメです。
 ブルースもいいですね。My Little Suede Shoesもいいです。Danny Boy…最高じゃないですか。
 そういう曲ね。

 慣れていけば、AABAでBメロで転調する曲とか、歌ものとか(実は歌ものはAメロのどあたまが意外に難しい。よくあるスタンダードだからといってAll of Meから始めたら、結構泣きます)そういうものにも手を伸ばして、最終的には、Jazz Originalといわれる、旋律そのものも複雑な曲を手がけてみればいいでしょう。Confirmationとか、Billies Bounceとか。もっといえばOrnithologyとか、Donna Leeとか。

 最初はかなり苦労する、というか苦痛でさえあります。
 これは、いままで使った筋肉を使っていないトレーニングなので、仕方がありません。
 最初は泣き泣き(「でけへん…!」)と思いながらやることになるでしょう。
 しかし出来ないなりに1ヶ月くらいみっちりやったら、じわっと出来てくる。

 君からみて、音楽の才能めちゃめちゃある(僕はないのに!)先輩や同級生、小さいころからピアノ触ってて音感あって、どんな曲でもすぐ演奏しちゃえるし、転調も自然にできちゃいますよーみたいな人、との差が少しだけ埋まります。

 そう、これは天才のための特訓ではなくて、クリリンの特訓なんです。

* * *

 最初が一番しんどいです。
 でも、もし枯葉を(別にSt.Thomasでもいいけど)Any Keyで、12通りのキーで演奏できるようになったら、その次の曲はその1/3くらいの労力でできます。その次の曲はもっと労力が少なくできる。そうすると、結構自信が付いてくると思いますよ。

 たとえ本番で使わなくても、相対音感を身に着けるために、Any Keyの練習はかなり役に立つ、と思ってください。

曲の中で、調性をはずれたコードは、かなり出てくる。

以前に、「コードの理解」という項で述べました。
jazz-zammai.hatenablog.jp
バップといわれるスタイルでは、曲のキー(調性)はさておいて、コードの移り変わりを瞬間的に転調しているとみなしてコード進行を増している、というか盛っているというか、そうやって複雑化しています。
必然的に、曲の主調以外のキーの2-5は沢山でてくることになる。その2-5では、瞬間的に転調した音階を吹く、と考えればいい。

例えば、よくあるスタンダード "Just Friends"でしたら、
F, Ab (Bbm7-Eb7) , Gb(Abm7-Db7), Dm(Em7-5 A7) , Gm(Am7-5 D7), C(Dm G7)のツーファイブがでてきます。
"It Could Happen To You"でしたら、Eb (Fm7 Bb7), Fm (Gm7-5 C7), Cm (Dm7-5 G7), Bb (Cm7 F7), Gb(Abm7 Db7)がでてくる。

 重複する部分もありますが、これだけでC, F, Bb, Eb, Ab, Gb, Dm Gm Cm Fm、のツーファイブがでてきます。
 たった二曲でこれだけ多くの II-Vがでてくるわけです。

オルタード、もしくはアウトサイド:

 上記に述べた通り、リードシートに書いてあるコード進行に限っても様々な調性がでてきました。
 でも、これは、初級から中級での話です。

 もう少しアドリブを楽しむ場合、リードシートに書かれた譜面から少し離れたアプローチが有効です。

 例えば、オルタードスケールを用いたフレーズ。
 僕はどちらかというと代理コードによるリハモに基づいてLydian 7th のフレーズを吹くと考えますが、根本的には同じことです。

例えば、
Dm7- G7 - Cという II-Vを代理コードでリハモすると、
Dm7- Db7 - C になります。この場合、Db7の部分は DbのLydian 7th scaleとなりますが、もうちょっとわかりやすく言うと Gbのドレミファソラシド(厳密にいうとGbのドレミファ…のド=GbだけがG=ド#に変化したスケール:G Ab Bb B Db Eb F)を使います。
 まあ、Gbのドレミファソラシドが基調になる。

それから、例えば、Dm-G7-Cの時に、半音上の ii-vをかぶせる形のフレージングなどもあります。
Dm7- Ebm7- Ab7 - G7 -C みたいなコード進行。この場合、間に Dbのトーナリティーでフレーズをとることになる。

コンテンポラリーっぽいソロフレージングには、こういう半音上とか、半音下(下はあんまりないけど)のアプローチが結構でてきます。
コンテンポラリーの調性から離れたソロには、

  • 元の調性から離れた別の調性のフレーズを使う
  • もともと調性感の希薄なスケール(Con.Dimとか、Whole Toneとか)を使う

というふた通りのアプローチがあるわけですが、調性からかなり離れた全音階が自由に出せれば、ソロの幅が広がる。

アウトサイドに逃げるために、すべてのペンタトニックは入念に練習しておくべき

 前項と同じようなことです。
 Brecker Brothersがもっともイメージしやすいですが、拍単位で細かく調性を変えるようなフレージングもあります。
 こういう場合には、トライアド、もしくはそれを拡張したペンタトニックフレーズをインテンポで繰り出さなければいけない。
 こういうことをするのに、すべてのキーでのフレーズ練習は必須になります。

まとめ

  • 曲のメロディーの相対度数などを理解するためにも、すべての調性でメロディーを吹く練習は有効。
  • ジャズでは本質的に曲中で転調を繰り返してフレージングを行うため、すべての調でフレーズの練習をすることも、やはり大変有効。この場合は、転調に対応するために、例えばメトロノームを鳴らして、インテンポで転調する練習をしないと、役にたちません。

ジャズ検定クイズ!

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告知していた、Ad-libの Workshopは無事に閉会いたしました。
関係各位のみなさま、ありがとうございました。

一応「初心者向け」と銘打って開催したわけですけれども初心者の方々が集まりそうにありませんでした。
自分の人徳のなさです。結果的には色々な方々が集まる会になりました。

せっかく来てくれた中級者〜廃人の人が退屈するのもなあ…と思い、
「ジャズ中級者以上向けクイズ!福山ジャズ検定!」を同時開催。

少し問題を手直しして、ここに公開してみます。
題して、「第一回!福山ジャズ検定!」
計100点です。絶対に100点をとらさないように頑張って作ったんですが、
廃人の人はたやすく超えられると思う。でも、リスナーだけでは答えられないようになっている。
プレイヤー・リスナーのバランスの取れた人が高得点をあげやすい仕組みになっています。