速いフレーズを吹くには? その1:
問い:速いフレーズを吹きたいんですけれども?
受験生のほとんどがもっと頭が良くなりたいと思っているように、そして女性のほとんどがもっとキレイになりたいと思っているように、ジャズ・トロンボニストのほとんどが、より速いフレーズを吹きたいと思っているんじゃないでしょうか。
え?私だけ?
トロンボーンでジャズをやるとき、ボトルネックになるのがフレーズを吹く時のスピードです。
ことフレーズの細かさ勝負では、他のフロント楽器と競り合いをするとどうしても見劣りがします。
サックス三倍段
えー、俗に「ラッパ二倍段、サックス三倍段」という言葉があります。
例えば一年生のトランペットと二年生のトロンボーンが大体吹くフレーズ的には同等であります。サックスであれば、一年生のサックスと互角にやりあうにはトロンボーンは三年生ではないとだめだということですね。
一応補足しておきますと「剣道三倍段」という言葉がありまして。
剣道は得物を持っているので有利だから、剣道の初段に勝つには空手なら三段くらいの実力がないと駄目だと、そういう言葉です。
ま、僕も『空手バカ一代』で読んだ知識ですけれども。
はい、この言葉は2000年くらいに僕が作りました。*1
速いフレーズを吹くためには、やはり何らかのトレーニングが必要です。
決め手は、一つ一つの音の精度。
細密画を描くには、ペン先を細くしなければいけないのと同様、速いフレーズを吹くのには一つ一つの音の精度を上げる必要があります。ペン先がつぶれていては、細かい絵は描けません。
フレーズの構成要素たる一つ一つの音。その音の精度は、最低限細かくできないといけない。
精度が高いということ
ところで「音の精度が高い」とは、どういうことでしょう?
例えば、精度の高いエンジンというのを考えてみて下さい。
精度の高いエンジンは、一つ一つの部品の精度が高い。
では、その「部品の精度」というのは何かというと、部品同士が組み合わさった時にミクロレベルで規格が保たれている必要がある。
接触する部分はなめらかで、余分な凹凸がない。
部品と部品の間の隙間も一定で、設計通りに可動部分が動くこと。
そういった個々の部品の精度の高さの結果、精度の高いエンジンは同じパワーゲインでも生じたパワーを効率良く伝達できる。
フリクションロスとして逃げるエネルギーは不必要な振動や熱エネルギーに置換され本来のポテンシャルを妨げる。
例えば垂直に動くピストンの力のベクトルが0.1度でもずれると縦方向の力は減少し横方向の摩擦や振動になり、本来のスペックを下げる。
同じインプットでも、余分なフリクションロスがなく、結果としてアウトプットの効率がいい。
結果としては動力のベクトルはシンプルである。
これが、精度が高いということです。
フレージングに関しても全く同じです。
どんなに巧い人間でも、舌の動くスピードは、カメレオンや蛙並にはできない。
舌の筋力も鍛錬しても何倍にも増えはしません。
唇周辺の筋肉だってそんなムキムキにはできませんよね。
インプットパワーにはそれほど個人差はないんです。
問題は、そのインプットパワーが、ダイレクトに出音に反映されているかどうか。
余分なエネルギー減衰が起こっていないかどうか。
エンジンの動きの最小構成単位は一回転だと思いますが、フレージングにおける最小構成単位は一つ一つの音です。
さらに、それをもう少し要素分解しますと、リップスラーとタンギングになります。
多くの初学者は、リップスラー、タンギングいずれか、もしくはその両方に問題があります。
その結果、一つ一つの音の出始めで、大脳皮質と唇の間にタイムラグが生じてしまう。
反応から出音までの速度が遅いと速いテンポの曲や速いフレーズに対応出来ない。
* * *
この様なタイムラグは、用意されている譜面を吹く場合よりも、アドリブを吹くときに、より顕著に表れる傾向があります。
例えばバップっぽいテーマはなんとか吹けるけど、そのあとアドリブになると、同じ様な音の密度が維持出来ず、途端によちよちしてしまうような経験はありませんか?
これは、決められたフレーズであれば、決められたコンビネーションで反復練習すれば意外に追随できるのですが、決められていないフレーズを吹くのであれば、脳〜フレーズの想起、想起されたフレーズ〜出音の両方が累乗的に遅延作用し、みるも無残な結果になってしまう。
まとめ
(2005年くらいの原稿の Refine)